取り組んでこられた臨床および研究

ヒト免疫の分子的背景の理解と,治療法の開発Understanding the molecular background of human immunity and development of therapeutic methods

ヒト免疫の分子的背景の理解と,治療法の開発

尾崎 富美子 Fumiko Ozaki

免疫システムの異常は、免疫不全症、膠原病・自己免疫疾患、アレルギー疾患などの様々な疾患の原因となる。先天性免疫異常症(Inborn errors of immunity, IEI)は、自然免疫系あるいは獲得免疫系に関与する分子の異常によって発症する。その主たる症状は“易感染性”であり、典型的には患者は、幼少期より反復感染性、重症感染症や日和見感染症などに罹患する。一方、IEIは“易感染性”のみを示すのではなく自己免疫疾患、血液現象、悪性腫瘍が主となる疾患もある。多彩な疾患群を含んでおり、免疫異常に関わる分子異常は、多種多様な組織や臓器の異常とも関連しており、特に免疫不全症では数百の責任遺伝子が判明している。IEIは、experiment of nature と呼称され、その解析により、例えば、Bruton tyrosine kinase (BTK),CD154 (CD40L), CD278 (ICOS), Wiskott Aldrich syndrome (WASP)など様々な分子の、ヒトにおける機能や重要性が明らかになり、問題となる免疫担当細胞の免疫系における役割が解明されてきた。IEIの解析は、ヒト免疫の分子免疫の分子的背景の理解と、治療法の開発に向けて有用な情報を提供する。

森尾友宏教授は、IEI解析を通して、以前から知られていた分子異常においても、その分子の新たな機能を次々と明らかにしてきた。新規ICOS欠損患者におけるT細胞機能に関する研究から、ICOSがT細胞免疫応答トT細胞維コディネーターとして重要な役割を果たしていることを大学院生の高橋らとともに明らかにした(1)。さらに、大学院生の本田らとともにTecキナーゼであるBTK欠損によるX連鎖性無ガンマグロブリン血症(XLA)患者の約30%において発症時等に好中球減少を認めることに着目し、BTK欠如好中球では活性酸素亢進によりアポトーシスに陥ること、PI3K,srcタイプチロシンキナーゼの活性化、スカベンジャーレセプターの不活性化などを、10数名のXLA患者末梢血由来好中球検体とタンパク導入技術を用いて見出した。好中球におけてBTKが活性酸素産生を負に制御する分子であることを明らかにした(図1)(2)。好中球は、寿命が短く軽微な刺激でも反応してしまう為、遺伝子導入が行えないこと、患者末梢血由来好中球を用いた解析が当該研究を推進する上で困難であった。末梢血からの分離でも採血後数時間以内に行うことや刺激が起こりにくい好中球分離の方法を構築するなどして克服した。また、BTKが欠如したXLA患者好中球への正常BTKの機能回復実験には、遺伝子導入ではなく、韓国の延世大学の共同研究者が開発した膜透過性ペプチド(Cell penetrating peptides: CPP)を用いることで克服した。この膜透過性ペプチド融合蛋白が24時間ほどでやく90%以上の好中球に導入されること、さらに好中球の異常な活性化も来さないことや、活性酸素産生不全の慢性肉下種(CGD)患者好中球に、膜透過性ペプチドを融合した正常なNADPHオキシダーゼ構成蛋白を導入することで活性酸素産生が回復することを実証し、CPPタンパク質の細胞内デリバリーのヒト疾患における治療の為の可能性を示した(3-5)。また、大学院生の熊木らとともに、自己炎症性疾患の1つであるPSTPIP1異常症であるPSTPIP1 associated autoinflammatory disease PAIDsからのiPS細胞を用いて、顆粒球系・単球系への分化システムを利用した機能解析も進めた。末梢血からの好中球機能解析は、数少ない患者から採血後短時間で行う必要があるが、iPS細胞の利用により、多次元解析が行えるようになった(6-8)。PAIDsの重症型であるPSTPIP1-associated myeloid-related proteinaemia inflammatory (PAMI) においては、S10A8/A9カルプロテクチンが炎症の増悪慢性化に寄与していることを見出し、治療標的分子としての可能性についてもより深く理解を深めた(9)。

図1.Btkによる好中球の初期反応の制御

通常好中球は刺激を受けるとまず、Rac2が細胞質から移動してgp91phox, p22phoxに会合し、さらに次の刺激でp47/p67/p40も膜に集合してはじめて、「NADPH oxidase」というROSを作る酵素が働く。BTK欠損下では、刺激がなくてもMalが膜に移動して、PI(3)Kを活性化し、Rac2はgp91phox, p22phoxへ結合して発火準備状態になる。

https://www.u-presscenter.jp/article/post-30097.html
参考文献
  1. N. Takahashi et al., Impaired CD4 and CD8 effector function and decreased memory T cell populations in ICOS-deficient patients. J Immunol 182, 5515-5527 (2009).
  2. F. Honda et al., The kinase Btk negatively regulates the production of reactive oxygen species and stimulation-induced apoptosis in human neutrophils. Nat Immunol 13, 369-378 (2012).
  3. F. Honda et al., Transducible form of p47phox and p67phox compensate for defective NADPH oxidase activity in neutrophils of patients with chronic granulomatous disease. Biochem Biophys Res Commun 417, 162-168 (2012).
  4. T. Y. Park et al., Amelioration of neurodegenerative diseases by cell death-induced cytoplasmic delivery of humanin. J Control Release 166, 307-315 (2013).
  5. R. Sato et al., Impaired cell adhesion, apoptosis, and signaling in WASP gene-disrupted Nalm-6 pre-B cells and recovery of cell adhesion using a transducible form of WASp. Int J Hematol 95, 299-310 (2012).
  6. A. Yamamoto et al., A Case of Pyogenic Sterile Arthritis, Pyoderma Gangrenosum, and Acne (PAPA) Syndrome Accompanied by Nephrosclerosis, Splenomegaly and Intestinal Lesions. Journal of Genetic Syndromes & Gene Therapy 4, 1-3 (2013).
  7. E. Kumaki et al., paper presented at the ESID, Edinburg,UK, 09.13 2017.
  8. F. HONDA-OZAKI, E. Kumaki-Matsumoto, M. T., paper presented at the ESID, 2022.10.15 2022. 9.           尾崎富美子, 清水正樹, 森尾友宏, paper presented at the 第6回 日本免疫不全・自己炎症学会(JSIAD)学術総会, 東京, 2023.2.12 2023.